ナルニア
こどもは僕にぴったりとくっつき、僕は『ナルニア国ものがたり』を読んでいる。眠りにつく前の少しの時間、ぼくらは、獣がしゃべりフォーンが踊る洋服だんすの向こう側の世界に行く。こどもは時々わらい、時々質問をする。
「セントールってなに?」「リスはどこに行ったんだろう?」
魔女がくると怯え、怖がる。
僕は小さな頃読んだことがあるのに話の筋をすっかり忘れてしまっている。でも、あのナルニアの緑の草原と空気、そしてアスランのことは覚えている。気高く美しいアスラン。
ナルニア国物語の映画は見ていない。どんなに美しい映像であっても僕の心にあるナルニアの美しさとは別のものだ。そして映像を見ることでそれは簡単に上書きされ、かき消されてしまうかもしれない。
すぐれた物語は、たとえそのほとんどを忘れ去ってしまった後でも、読み手の心に何かを残していく。この子もまた僕とは別のナルニアの草原に降り立ち、心の隅にアスランを飼うのだろう。